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 ついに。ついにヤツがやってきた。
 朝起きて窓を開けると庭先は雪で一面真っ白で、それはこれから一年の三分の一をしめる長い長い冬の始まりの合図となる。ヒズネイムイズ冬将軍。「冬生まれは寒さに強い」、「北国育ちは寒さに強い」なんて言うけれど、両方当てはまる私はめっぽう寒さに弱かった。背中が焦げるんじゃないかと家族に心配されるほどストーブにくっつきなんとか無理矢理目を覚ます。去年までの私ならばヤツの来襲に意気消沈し、ずる休みをしていたかもしれないが、今年はそうはいかない。だって、今年の冬は「勝負の冬」らしいから。(らしい、というのは塾の先生の受け売りだから!)
 アイアム受験生、なのだ。

「茜、避けろー!」

 そう叫ばれながら雪玉をぶつけられた。
 意味が分からない正反対の行動と言動も、雪の積もった最初の朝の毎年恒例行事。
「お前毎年ナイス顔面キャッチだな!」
 本気で感心しているその顔が、普通にバカにされるよりむかつくこいつは私のお隣さん。栗城さんちのアホ三太。
「あれ、今年は仕返しなし?」
「毎年私が当てようとしても一つも当たらないんだもん。悔しいからもうやーめた」
 その言い訳は半分は本当だけれど、もう半分は「一つも当たらない」っていうのが縁起悪い気がして挑戦できない気持ちになっていたからで。こんな些細な部分で改めて受験に対してプレッシャーを感じているんだな、と気づかされた。

 私たちの住んでいる町は田舎で、自宅から通える距離にある高校は緑陵高校と風が丘高校の二校しかない。たった二つの高校の レベルの差は激しく、私の頭は緑陵高校が丁度良いレベルだ。緑陵なら制服も可愛いし、のんびりとした校風にも憧れ、私は去年まではこっちに行こうと思っていた。けれども今は、普通に考えて私の頭のレベルでは相当の努力をしても難しいと思われる風が丘高校を目指している。理由は、緑陵だと公立大学への進学は厳しいからだ。
 私には今のところ将来への希望はあれど具体的な夢が無い。目指しているものがないからこそ、受験生になって改めて自分のことを考えた結果、自分で自分のまだ見つからない、これからの進路を狭めるようなことはしたくないと思ったのだ。
 レベルの合っていない高校を目指しているのはきっとクラスで私だけ。同級生のみんなは同じ受験生のはずなのに、教室にいると自分だけ孤独な戦いをしているように感じた。当然周りの大人たちには止められ、自分でも今更な判断だということは痛いほど分かっているけれど、もう、後には引けなくなっていた。

 学校の正門の少し手前の交差点で私たちは別れる。
 昨日は三太だったから、今日は私が裏門の日。

「じゃあね、栗城」
「うん、仲居」

 名字で呼び合うことが合図となって、私たちは別々の門から登校する。中学に上がってからはずっとこうだ。学校の近くまでは 家も隣同士で同じ学校だからどうやっても一緒になってしまうので、学校に着く少し手前でバイバイする。
 小学校までは同じ門から一緒に登校していたけれど、高学年の頃になると、幼なじみということもありそのことで男子に冷やかされるのが恥ずかしくて、まず、気づいたら学校ではお互い名字で呼び合うようになっていた。そして、中学校に上がるのをきっかけに私たちはどちらともなく自然にこうやって、別々の門から登校するようになっていたのだ。「お隣さんちのアホ三太」と「幼なじみの茜ちゃん」から「三組の栗城くん」と「一組の仲居さん」へ。この門をくぐって、今日もまた私たちの一日がはじまる。