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HARU



 「ツガヤスさんて、背高いよね」

 依子がクラス替えをして、
 初めて出会うクラスメイトに話しかけられるときはだいたいいつも同じ台詞だ。
 そして何センチ? バスケとかバレーとか、やってるの?という台詞に続く。
 170センチ。運動はとくにやってないよと答えると、
 えーもったいないだとか意外だね、なんて、
 これもだいたいいつも同じ。
 平均的な身長の子は一体全体どのように会話のきっかけを掴むのだろうと、
 この季節になると依子はいつも思っている。
 全く持って、いつもと同じ、春!


 「170センチ。運動はとくにやってないよ」

 と、彼女は答えた。
 えーもったいないね、
 なんてどうでもいいことしか答えられない自分の不甲斐なさに、サトリはがっかりする。
 サトリは本来はお喋りな質なのだが、どうにも人見知りで、
 ようやく友人に心を許せる頃にいつも、春が来て、クラス替えが行われてしまう。
 そして本来はお喋りなサトリは何より沈黙が苦手だった。
 初対面のクラスメイトにとりあえず話しかけるけれど、
 緊張のためどうでもいいことばかり話しかけてしまうサトリは、
 春もまた、苦手なのであった。


 「えーもったいないね」

 一年のときに同じクラスだった津賀安が見たことのない子と喋っている。
 始業式である今日の放課後は長い。
 これから始まってしまう新学期のことを思うと、
 今日ほどゆっくりギターを弾ける放課後はしばらく無い。だから竹生は一刻も早く帰りたかった。
 その甘い声を聴くまでは。
 そそくさと教室から去ろうと津賀安の横を通った時、その横にいる女の子を見るまでは。
 声が、髪の毛が、唇が。
 竹生にとってその子は今まで出会ったどんな子よりも可愛く見えて、
 思わずうわあ、と呟いた。


 「うわあ」

 教室からドアへ向かい、前にいるやつに続いて出ようとしたのに、急にそいつは立ち止まる。
 困ったな、と思い洋佑は退けてくださいと言おうと彼の顔を下からのぞくと、
 馬鹿みたいに目と口を開けてうわあ、なんて呟いている。
 何事と思いその視線の先を見ると二人の女の子。
 一人は長身で大人っぽい女の子。
 そしてもう一人は中学のとき同じクラスだった藤澤サトリだ。
 あーそうか、こいつ藤澤サトリに惚れたんだ、
 と勘の良い洋佑でなくてもすぐにわかってしまう彼の純粋なリアクションに感動しながらも、
 ついつい洋佑はぷっ、と吹き出してしまった。


 「ぷっ」

 終わらない藤澤さんの質問攻めに少し気疲れしつつ、なんとか応対を続ける依子が、
 ぼんやり教室の出口の方を見ながら会話をやり過ごしていると、
 一人の少年が急に吹き出す瞬間を見つけた。
 身長の低いその少年の笑顔はまるで人懐っこい子猿のような可愛らしさがあり、
 その微笑ましさに依子もつられてふふっ、と吹き出してしまった。
 知らない人の笑顔につられるという新しい体験に、
 依子は驚きと共に、嬉しいようなくすぐったいような感覚に包まれた。


 「ふふっ」

 それまでサトリがどんなに質問しても、
 強ばった笑顔しか見せなかったツガヤスさんの表情が急に和らいだ。
 彼女が見せた笑顔に、それまで沈黙を絶やそうと焦っていたサトリの気持ちもほぐれていく。
 「ツガヤスさん、笑った! 何? どうしたの?」
 嬉しくなって聞いてみる。上っ面の、どうでもいい会話じゃなくて、
 心から聞いてみたいと、そう思った。
 サトリの人見知りの気持ちが少し弱まった瞬間だった。


 「津賀安さん、笑った! 何? どうしたの?」

 竹生は未だに名前も知らないその女の子から目が離せないで居た。
 その女の子だけが教室の中で光って見えた。
 話しかけられている津賀安が急に吹き出した瞬間、
 もう竹生の目には充分な程眩しかったその女の子の目がいっそう輝いた。
 そして、今日見た中で一番可愛い笑顔になって、また津賀安に話しかける。
 目が離せなくて、動けない。
 頭のてっぺんまで熱くなっていく初めての感覚に、竹生は戸惑っていた。


 「ふふっ」
 「津賀安さん、笑った! 何? どうしたの?」

 藤澤サトリが話しかけている長身の子が、何故かこちらを見て笑った。
 あれ、おれなんかしたっけ? と洋佑は不思議に思う。自分なんかより、
 自分の目の前に立っている名前も知らないやつのほうが今ずっと面白いことになっているのに。
 洋佑が改めて彼を見上げると、顔がゆでだこのように真っ赤になっていた。
 なんてわかりやすい男なんだ!
 とさらに洋佑は笑ってしまう。
 (よし、ちょっと頑張ってあげよ)
 洋佑は、彼に話しかけてみることにした。

 「あの子はねー、藤澤サトリちゃんっていうんだよ」


 ドアのところにいる男の子が急に笑って、
 それがまるでお猿さんみたいに可愛かったから、私もつられて笑っちゃった、
 と答えると、藤澤さんはその男の子の方を振り返ってこう言った。

 「え? あ、あれは萩原だよ、萩原洋佑。あたし同じ中学だったの。
 確かにちっちゃいし猿っぽいかも!」
 「そう、モンチッチって感じ!」
 「モンチッチ! あはは、ちょっと可愛いかもー」

 さっきまで面倒くさいと思っていた会話が、今はちょっといいな、と依子は感じる。
 きっかけはささいなこと。名前も知らない少年、いや、萩原洋佑が笑ったこと。

 「おーい、藤澤!」
 「うそ、萩原、こっち来た!」

 洋佑が竹生の背中を押しながら、依子とサトリの元へと近づいていく。

 「あれ、竹生くんも一緒だ」
 「タケオくん?」
 「一年の時一緒だったの、横山竹生くん。同じクラスだったんだ、気づかなかった」
 「あ、こ、こんちは……」
 「何、横山、藤澤の横の子と知り合いなの?」
 「あ、萩原、この子はね、ツガヤス ヨリコちゃん。170センチなのだ」
 「藤澤に聞いてねー」


 依子がクラス替えをして、
 初めて出会うクラスメイトに話しかけられるときはだいたいいつも同じ台詞だ。
 そして何センチ? バスケとかバレーとか、やってるの?という台詞に続く。
 170センチ。運動はとくにやってないよと答えると、
 えーもったいないだとか意外だね、なんて、
 これもだいたいいつも同じ。
 平均的な身長の子は一体全体どのように会話のきっかけを掴むのだろうと、
 この季節になると依子はいつも思っている。
 全く持って、いつもと同じ。

 それでも、いつも。始まりの季節も、また、春!