グッ・グッ・バイ



 家から海までは、自転車で二十分。
 あたしは家を抜け出した。
 夜の十時。寝静まった家族を起こさないように。

 月が追いかけてくる。
 右へカーブ。
 砂利道、突入。

 「……どこまでついて来んの?」
 月は黙って追いかけてくる。
 「わかった。一緒に行こ」

 あたしは無口なその三日月をお供に、なおも自転車を加速させた。


 砂利道を抜けると、少し広い車道に出る。

 『しっかりつかまれ』
 あいつのまねして、思い切りペダルをこいだ。
 もう少し、
 もう少しで、下り坂になる。
 『いっか? 離すなよ』
 下り坂に入った瞬間、ペダルを放す。
 ガクン
 と、
 まるで宙に浮いているようなスピードで、自転車は坂道を下ってゆく。
 『空飛んでるみたいだよな!』

 ―― うん。そうだね。


 一気にその坂を下りきると、もう潮の匂い。
 夏の夜の海は少し肌寒くて、少し、淋しい。
 「おい、会いに来てやったぞ」
 黒い海に向かってあたしは話し掛けた。
 海は聞いているんだかいないんだかわからないけど、
 ひたすら波を寄せたり返したりしている。

 「今日は月と来たんだ。自転車に乗ってね!」
 今度はさっきよりも少し大きな声で話し掛けてみた。海の返事はない。

 「でも……」

 ……でもやっぱりまだ一人乗りにはなれなくて。
 あいつの背中になれてしまった自分がやんなるよ。
 「離すな」って、あいつが言うから、あんなにしがみついてたのに。
 嘘なんかついてないけど、あいつ、嘘つきだな、って。
 そう、思うよ。

 「ごめんごめん、ちょっと考え事」

 海に向かって気を取り直す。
 海は相変わらずひたすら波を寄せたり返したりしている。
 ひたすら。
 ひたすら。
 多分、永遠に。

 空の月はきらきら光って、
 なんだかちょっぴりだけど、泣けそうになる。


 ……さてっ。

 自転車の元へ戻ろうとして、足をとめた。
 「これ、あげるよ」
 あたしは薬指からそれを抜き取って海になげた。

 自転車に乗る。
 海から家までは、自転車で二十分。

 「帰ろ」

 月と一緒に車道を上った。


 ―― バイバイ。