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ドライブ



「大丈夫かな……」

 待ち合わせの時間になってもユカはなかなか現れなかった。心配になってメールを打とうとすると、言っていたとおりな、水色の車がのろのろとこちらへ向かってきたので、私はケータイを握りしめた右手を振って、手招きした。運転席にはユカ。メールはたまにしているけれど、こうして顔を見るのはずいぶん久しぶり。


「いやあ、本当にユカだね」
 水色の車の助手席に座り、シートベルトをしながら横にいる人の顔を見て改めて思った。
「それってどういう意味?」
「運転してるよ、ユカのくせに」
「ひどっ」
「だって、運転って、運動神経必要なんでしょ?」
 ユカと私は高校の同級生で、私はユカの運動神経の無さをよく知っていた。体育祭や球技大会ではみんなからお荷物扱いされていたユカ。そうやってからかった時の彼女のリアクションが面白いから、ことあるごとにみんなユカにちょっかいを出していた。もちろん私も、その一人。
「そりゃちょっとは必要かも知れないけど、私のはオートマ限定だから大丈夫だったよ」
「ふーん。てゆかオートマってなに?」
「さーちゃん……知らないの? 大学生なのに」
「え、私もしかしてバカにされた? あのユカに?」
「だから、ひどいって!」
 昔から変わらない学生のノリが心地好い。わっと騒いで笑い合った後に、ユカはナビを操作し始める。
「そういえば、今日はどこに行くの?」
「うんとね、海の方、行ってみようかと思って」
「いいね! 行こう行こう!」


 メールで、ユカが車を買ったと言うので、今日は女二人でドライブへ行くことにしていた。といっても、行き先はユカに任せて、私がしたことといえば、お菓子の用意。昨日クッキーを焼いただけ。
 それにしてもユカが車を買ったということに驚いたのはもちろんだけど、何時の間にか免許を取っていたことのほうが驚いた。
「そういえばさ、なんで免許取ったこと教えてくれなかったの?」
「え、そういうのって報告したほうが良かった?」
 そっか。そうじゃなかった。報告なんかしなくても、私たちは当たり前のように毎日会っていたから、知ろうとしなくてもなんでも知っていたのだった。
 同じセーラー服を着て毎日笑って過ごしていたことが、つい昨日のことのように思えるのに、今こうして話していると、やっぱり時間は流れているんだと痛感する。卒業してからもう1年以上経つ。私は大学生になったし、ユカは隣町の企業に就職した。
「いや、そういうわけじゃないよ。でも、なんか、ビックリしたっていうか」
「そっかー、ごめんね」
「別に謝らなくていいよ。でも、凄いなと思ってさ。車だって、高かったでしょ?」
「高いよー。中古の軽とはいえ、私のお給料じゃとてもとても……。ローンで細々返していくしかないね」
「いやあ、やっぱり凄いわ。免許とかローンとか……大人じゃん、ユカのくせに」
「何言ってんの、まだお互い未成年じゃん」
「ま、ギリギリね」
 ギリギリ。ギリギリセーフ。大人になる覚悟なんて全然出来てないのに、もうすぐ子供の世界から放り出されてしまう。そんな微妙な年頃になってしまった。もうすぐ、ギリギリアウト。


「やばい……ナビ見る余裕無くなってきた!」
 ドライブ開始から30分くらい経った時、運転手が急に不安な事を口走り始めた。聞くと、だんだん街から遠ざかって知らない道に入ってきたため、心に余裕が無くなって、運転するので精一杯になった、と言う。
「さーちゃんナビみて、ナビして!」
「ええっ! 私操作の仕方とかわかんないんだけど」
「だってだって、さーちゃんしかいないんだもん! さーちゃん、大学生でしょ?」
 さっきから、ユカはただの大学生をどうやら神様か何かと勘違いしているらしい。仕方なくナビを操作してみる。ラインから赤い線が大きくはみ出している。
「ユカ、ルートから外れてる……」
「ええっ! どうしようどうしようさーちゃん!」
「落ち着いて……、あ、そうだ、クッキー食べよ。糖分補給して落ち着こうよ。どっか止められる所ない?」
 半分泣きそうになっているユカをなんとか落ち着かせて、私たちは車を止められそうな場所を探した。すると、『阿部ストア』という、いかにも地方の個人経営っぽいコンビニの看板があったので、そこを目指した。


「甘い、は、うまい、だよねえ」
 クッキーをほおばり、冷静さを取り戻した運転手は呑気にそんなことを口走っている。
 無事、『阿部ストア』に辿り着いた私たちは駐車場で一息ついていた。
「意味わかんないし」
 ナビの操作方法を確認しながら、ユカの言葉を聞き流す。
「あれ、うまい、の語源って、甘い、じゃなかったっけ? 私、今それを実感中」
「そうなんだ。知らなかった」
「さーちゃんって大学行ってるわりに知らないこと多いんだね」
「あんた、さっきから大学とか大学生とか言ってるけど、一体大学生をなんだと思ってんのさ。言っておくけど、私の通ってるとこはそんなに難しい勉強してるわけじゃないよ。フリーターとか、ニートとかとあんまり変わらない生活だし」
「そんなことないと思うけど……」
「そんなもんだよ。悪いけど」
 実際私の生活はそんなものだった。大学へ進学した理由だって、特にない。強いてあげるとするのならば、小中高、という流れの先にあるものが大学だと、なんとなく昔から思っていた。それだけだ。なんとなく学校へ通って、なんとなく勉強して、なんとなく友達と喋って、なんとなくバイトして。今まであったそのリズムを自分から変える想像が出来なかった。多くの友達もまた、私と同じように進学した。だから、ユカが高校を卒業したあと、就職すると決断したときは驚いた。同じ時間を過ごしていたはずなのに、これからユカには違う時間が流れていくんだと思うと、凄く凄く不思議な気持ちになった。
「そんなことないのになー」
 ユカはまたぽつりと口の中でそう言って、最後の一枚のクッキーを食べていた。


 糖分補給と、ルートの確認をして、改めて私たちを乗せた水色の車は走り出す。
 窓を少し開けると心地好い風が入ってきては、髪を撫でていく。
「やっぱりさーちゃんの作るお菓子は美味しいなあ。高校の時からたまに学校に持ってきてくれたもんね」
「ちっちゃい頃から作るの好きだったからね。バレンタインとか楽しかったなー」
「みんなで交換したよね!」
「そうそう! テスト勉強より力入れてたよね」
「入れてた入れてた!」
「あんなに気合い入ってるのに、男子にあげる子が誰もいなかったっていうのが、また」
「私たちらしかったよね」
 どちらかがしゃべり出すと、思い出が泉のようにわき出す。リラックスしすぎてうっかり忘れそうになったところで、慌てて再びナビを確認すると、今度は赤い線がラインの上を上手になぞっていた。
「さーちゃん、あのね」
 私がナビを確認している間に一瞬出来た沈黙のせいで、そう切り出したユカの言葉が少し引き締まる様な言い方になった。
「なにさ、改まって」
「別に、改まってないけどさ」
 私のからかいをふわりとかわす。こういう空気の時のユカは、一生懸命何かを伝えようとしているときだということを、私は長年の付き合いから思い出す。
「さっき、さーちゃん、私のこと大人って言ったでしょ」
「うん」
「私は自分で自分のこと大人になったとは思わないんだよね。それで、さーちゃんのこと、大人だなーって思うの」
「どうして? 私なんかまだ学生だし、高校の時と全然変わってないよ?」
「確かにあんまり変わってはいないよね」
 そう言って、ユカはくすっと笑う。
「なんていうのかな、私、大学に通っていないから、大学で何するかも、大学生がどんな暮らしをしているかも知らないのね。そんな未知の世界で、さーちゃんは、普通に生活しているところが、大人だなあ、って」
「それを言うなら、ユカのほうがずっと大人だよ。私の知らない未知の世界で、普通に働いて生活してるじゃん」
「そうかなあ」
「そうだよ」
 でも、ユカの思っていることはなんとなく伝わった。ユカから見て私の「普通」はユカの「未知」で、私から見たユカの「未知」はユカの「普通」なのだ。たくさんの同じ時間を過ごしていたから、つい忘れそうになるけれど、私とユカは別の人間で、それぞれの毎日を過ごしていたし、今も過ごしている。
 あのころ私たちは当たり前のように毎日会っていたけど、それは当たり前のことじゃなくて、偶然時間が重なって出会えた奇跡のようなものだったのかもしれない。そして今は、卒業して離ればなれになったけど、こんな風に自分たちで時間を重ね合わせることが出来る。
「じゃあ、私たちって今日、お互いのことを大人だな、って思って過ごしてたんだね」
「なんかちょっと、気持ち悪いね」
「うん。気持ち悪いくらい仲良しだね」
「うわ。さすが、ユカだね。寒い」
「ひどっ」

 水色の車は、ナビのラインに沿って赤い線を描き続ける。また少し外れても気にしないで、どこかで一休みしてから重なるところを探せばいい。まだ目的地の海は見えないけれど、少し開けた窓から流れる風の匂いは、かすかに潮の香りが混ざっているような気がした。