ぼくに使える魔法



 今にも涙がこぼれ落ちそうな顔で、サキちゃんが帰ってきた。

 「どうしよう、どうしようユキチ! 私ってやっぱり頭悪いのかな?」

 サキちゃんはそう言うと、
 コートも脱がないまま僕の横に三角の形になって座る。

 「今日ね、塾で急に小テストがあってね、全然わからなかったの。
 でも、周りから鉛筆の音がしてね。
 それってみんな問題解いてるってことなんだよ。
 わかってるの。私のわからなかったことが、わかってるってことなんだよ!」

 サキちゃんのお話ししてくれることは、
 ぼくの知らない言葉がいっぱいで、
 だから何がそんなにサキちゃんを苦しめているのかがわからないんだ、
 ごめんね。

 「あーもう、……さいあくだよ。なんでみんなが出来ることが出来ないんだろ。
 同じだけさ、机に座ってるんだよ? 先生の話聞いてるんだよ?」

 ぼくにわかることと言えば、
 サキちゃんの悲しい顔を見ていると、ぼくも悲しくなってしまうこと。
 サキちゃんはそんな顔よりもニコニコしている顔のほうがずっと可愛いってこと。

 「こんなんじゃ、みんなと同じ学校受からないよ。せっかく、塾まで行けるようになったのに」

 大変だ、サキちゃんの声が震えだした。
 あとちょっとで、サキちゃんの雨が降ってしまう。

 「もー、すっごく落ち込むよーユキチー!」

 そう言ってサキちゃんはぼくを抱き上げると、顔をぼくの体にうずめた。

 ぼくにわかることと言えば、
 サキちゃんの悲しい顔を見ていると、ぼくも悲しくなってしまうこと。
 サキちゃんはそんな顔よりもニコニコしている顔のほうがずっと可愛いってこと。
 だからぼくは、ぼくの出来る方法で、
 サキちゃんをニコニコな顔にする。

 「わ、わ、ユキチ、くすぐったい!」

 ぺろっと3回、サキちゃんの鼻を舌でくすぐる。
 そしてサキちゃんが顔を上げた瞬間、首をかしげる。
 それはぼくがサキちゃんと一緒に暮らしていくうちに身につけた、
 サキちゃんをニコニコにする魔法。

 「……もー。ユキチ。へんなかお!」

 ほら、やっぱり。
 まだ赤いまぶたに、涙のあとが残っていたけれど、
 サキちゃんはそっちの顔のほうがずっとずっと可愛いんだ。

 サキちゃんの毎日は、ぼくの知らないことがいっぱいで。
 だからぼくはサキちゃんの全部を知っているわけじゃない。
 けれども君が悲しいと、ぼくも悲しい。
 そして君が嬉しいと、ぼくも嬉しい。
 ぼくに使える魔法はまだ少ないけど、これからもっともっと覚えるよ。

 だから、サキちゃん、ずっとずっと笑って。ね。